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たった「1mのゲイン」が戦況を動かす

ボールをもらって突っ込んだ選手がディフェンスラインに食い込んで少し裏に抜けそうになると盛り上がりますよね。

しかし食い込んだはいいもののそこで止められてしまうとゲイン(前進)はせいぜい1m、「あーダメだったかー」とちょっとがっかりしていると横では長年のラグビーファンが「よし、ナイスゲイン!いい仕事!」と拍手をしていたりします。

確かにゲインできれば攻撃としては成功ですが、「たった1mでそんなに喜ぶことだろうか?」と疑問に思うことでしょう。今回はその辺りについてお話しします。

ラグビーに詳しい人はなぜ1mのゲインで盛り上がるのか

結論からお話ししてしまうと、たった1mであろうとゲインラインを越えることができればそれが以降の攻撃を有利にさせるからです。

入門編の試合を見るときは誰に、どこに注目すればいいの?で私は「最初はゲインラインをめぐる1回1回の攻防を見てその成否で盛り上がるのがいい」とお話ししましたが、ここからは攻撃の連続性を意識してみましょう。

先ほどの例でいうと、最初に攻撃の選手がディフェンスラインに食い込んで裏に抜けそうになった瞬間は経験者も同様に「おっ、ぶち抜いて一気にいくか?」と盛り上がります。

しかしそこで止められてしまうと、見始めたばかりの人は(単発の攻撃で見ているため)「この攻撃のゲインは1mか、進んだだけいいけどちょっと残念だな」というようにトーンダウンしてしまいます。

同じ場面でもラグビーに詳しい人の場合は「(この1mのゲインで形勢が有利に傾いたので)さぁここから攻め立てるぞ!」と盛り上がりをみせ、ゲインした選手に「突破役としていい仕事をした!」と拍手を送ります。

つまり攻撃の連続性を意識すると、この「たった1mのゲイン」は「これから攻撃側が有利な状態になりますよ」とチャンスの始まりを意味するものになるのです。

それではこの1mのゲインがどこにどう作用して攻撃側に有利な状況を生み出すのか、それを見ていきましょう。

1. 攻撃のテンポが上がる

初級編の様々な種類のオフサイドでお話ししたように、ラックができた場合はボールを守る選手も奪いにいく選手も互いに自分たち側から働きかける必要があります。

ディフェンスラインの裏に抜け出した場所で倒れた場合、アタック側のオーバー(ボールを守る人)はすんなり入ることができますが、ディフェンス側がボールを奪おうとジャッカルやカウンターラック(相手のオーバーを押し返してボールを奪う)を仕掛けることは非常に困難になります。

ゲインされるとディフェンス側はラックに入りにくくなる

このため倒れた選手はすんなりボールを味方側に出すことができ、スクラムハーフの選手もそれをすぐに拾ってパスすることができ攻撃のテンポが上がります。

2. ディフェンスのセットが遅れ、出足も悪くなる

ディフェンスの選手も相手をできるだけ前で止めるために前進していますが、タックルがあった後はラインオフサイドにならないようラックの最後尾と同じ位置まで戻ります。

そしてラックからボールが出るタイミングでヨーイドンでまた前進します。

しかし相手の選手にディフェンスラインに食い込まれて1mでも進まれてしまうと、このディフェンスラインがセットしなければいけない位置が後ろに下がります。よって後ろに戻る距離が長くなってしまうため、ディフェンスラインのセットが遅れます。

戻る距離・時間が長くなるとセットが遅れる

戻ってすぐ前に出るため、前に出る勢いも落ちてしまいます。

そしてディフェンスが戻っている間にも相手は次の攻撃を始めることができるため、ノミネート(誰が誰をマークするのかの確認)の時間も減って雑になり、ディフェンスが後手後手になってしまいます。

3. 反対側から回ってくるディフェンダーが遅れる

ディフェンスの選手が足りない場合には当然逆サイドの選手が回ってきて人数を補充しなければなりません。

アタックは基本的に順目(次回で詳しく説明)、すなわち右への攻撃ならさらに右へ、左ならさらに左へ攻撃するためディフェンスの選手も一緒にラックの反対側へ回るのですが、アタックに食い込まれているとディフェンスの選手がそのぶん迂回しなくてはなりません。

アタック側はスムーズに回れるためこの時間差で数的有利が生まれ、一時的に攻撃側が有利な状態となります。

回ってくる選手が遅れると内側に配置できない

加えて、ディフェンスは内側からセットすることが基本なので反対側から回ってくる選手が相手のアタックの開始に間に合わないとなれば外側の選手が内に寄らざるを得ません。

定石としては反対側から回ってきたディフェンダーを内側に入れて全体がスライドするのが理想ですが、間に合わない時は全体が内側に寄った上で反対側から回ってくる選手を外のフォローに回します(内側を埋めることが最優先です)。

こうなるとこの攻撃ターンの間中アタック側が数的有利になるため、外に展開すれば10m、20mのビッグゲインも可能になってきます。

内側の1mのゲインが外の10m、20mのゲインを生み出すのです。

ディフェンス側が前で止めると攻撃の流れが止まる

ここまでお話ししてきたようにアタック側が前に出ると一気にアタック側が有利なように形勢が傾きますが、逆にディフェンス側が相手を前で止めた場合も当然ディフェンス側が有利な状況になります。

陣地を押し戻すことはもちろんですが、ラックでのボールの奪い合いにおいて上記1番と逆の立場になるためジャッカルやカウンターラックでボールを奪える可能性が非常に大きくなります。

オーバーは入りにくく、ディフェンス側は入りやすくなる

ゲームの主導権はボールを持つアタック側にあるため、バックゲイン(後退)させられた場合は(ジャッカルやカウンターラックでボールを奪われた場合を除き)アタック側は攻撃を一度スローダウンさせることで他のデメリットの影響を最小限に留めます。

しかしこれはここまで作ってきた攻撃の流れを止める行為であり、ここからもう一度流れを作るかキックを蹴って陣地を回復させるしかないためディフェンス側の勝利と言えるでしょう。

ラインブレイク

このように、アタックではたった1mでもゲインすることができれば戦況を好転させることができます。相手のディフェンスラインの裏に抜け出すことを「ラインブレイク(またはペネトレイト)」と呼びます。

ディフェンス"ライン"を突破("ブレイク")したという意味(ペネトレイトは貫通)で、10m以上ぶち抜くような場合だけでなく1〜2m裏に抜け出すような場合に使います。

ラインブレイカー = チャンスメーカー

このラインブレイクの回数はチャンスメイクの回数と言い換えることもできるため、選手の能力を測る上で非常に重要な数字となり、こうした突破が得意な選手をラインブレイカーと呼びます。

ナンバーエイトや両センターがこの突破役になることが多いポジションです。

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